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Sweet・Small・Secret・kiss
「ね、成巳。成巳」
 秋津島が上目遣いで俺の上着をくいくい引っ張る。そして聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、とんでもない一言を囁いた。
「キスしよっか」
 TPOを無視した発言に肩がズリ落ちそうだ。お前なあ、ここが何処だか判ってんのか?
「……電車の中なんだけど」
「だぁいじょーぶだって。今なら誰も見てないよ」
 呆れる俺とは対照的な秋津島。そのあっけらかんとした態度につられ、さりげなく周囲を伺ってみる。夜も遅いせいか人は疎ら。少し離れた位置に陣取ってる連れ共はバカ話に熱中しているし、他の乗客も新聞を読んだり居眠ったりで、こちらを見る者は確かにいないようだ。
「んー、じゃ、ちょっとだけな」
 思わず乗り気になった俺。頭を屈めようとすると、なぜか制止された。
「目立つから動かないで」
 そう言ってヤツは少しだけ背伸びをし、自分の方から唇を近づけてきた。もっとも背伸びしたくらいじゃ届かないから、少しは屈めなきゃならないが。
 それにしても、人目を忍ぶキスって結構スリリング。俺は唇を合わせながらもそっと周りの様子を探る。……まだ誰も気付かない。うわ、すげぇドキドキする。


 もともと先に告白してきたのは秋津島のほうだった。男子校のサガとでもいうのだろうか。実は男に告白されたのは初めてじゃなかったりするのだけど、もちろん俺は健全な高校男子。可愛い女の子が大好きに決まってる。だからそういった連中を相手にしたことなど、一度もなかったのに。
 …のに、だ。クラスメイトの秋津島に告白された時は、相手が男だということも忘れ、ついOKしてしまった。いくら女の子に見間違えるほど可愛い顔してるからって有り得ねぇ! と、直後こそ自分の軽はずみな言動に後悔したものの、今では俺の方がハマっているかもしれない。
 だってこいつの唇、柔らかくて気持ちがいいんだもん。


 でもどんなに心地良くたって、ここは公共機関の真っ直中。いつまでも続けるわけにはいかず、すぐに止めてしまった。時間にしてほんの数秒の行為。誰にも気づかれていない…と思う。俺はホッとしつつ、窓向こうの景色に視線を投げた。

 反対側のホームで、じーっとこちら側を見つめている女の人。………げ。もしかして…今の、全部?
 しっ…しまったぁ! 窓の外まで注意してなかったぜ、ちくしょーっ!!

 出発の合図と共に電車がゆっくり動き出し、凍り付いた焦点だけがホームに残る。口をあんぐりと開けたままの俺に、秋津島は首を傾げた。
「どうかした? 成巳」
「……見られてた……今の…反対側のホームにいた人に」
 完全に窓枠から駅が消えても、まだ視線を戻せない。あ〜、カンペキだと思っていたのに…
「知ってたよ」
「なんだ、知って……何っ?!」
 軽く答えてんじゃねーよ!! お前っ! さっき“誰も見てない”って言ったじゃないか!!
 だが俺の抗議など、秋津島の開き直りにはまるで通用しない。
「そんなの当然だろ? 一体あの駅にどんだけ人がいると思ってんだよ」
 慌てるどころか、ケラケラと可笑しそうに笑う秋津島。なんでそんなに落ち着いていられるんだこいつは。
 そりゃ確かに公共の場であることを忘れて誘惑に乗った俺が甘かったよ。自業自得だよ。だけどっ…………

 ……はあ。………この笑顔に、また負けた………




 ガックリ項垂れる間に、電車は次の駅に到着。ここで降りるのは俺と秋津島だけだ。俺は他の連れどもに別れを告げつつ、車両を降りた。ま…まあ、ヤツらに目撃されなかったのが不幸中の幸いだよな。
 なんて、安心したのも束の間。
「お前らって、けっこー大胆なーっ」
 ドアが閉まる寸前、あろう事か連れの内2人が大袈裟に抱き合い、ぶっちゅーっとキスするマネしやがった。
 あっ……いつら、いつの間にぃーーーーーっっ!!?
 悔しいやら恥ずかしいやらで、すっかり頭に血が上り口をパクパクさせる俺。一方の秋津島は「やっぱ見られてたか」という顔をしながら苦笑している。お前、本当はこうなるのを判ってて誘ったな?


 新興住宅地の夜は静かで、各家屋から生活の証が所々灯っている。
 駅を出た俺たちは、肩を並べて歩きはじめた。秋津島と同じ町内のご近所さんだと知ったのはつき合いだして直ぐの頃。高校入学を期に、隣町からこの町に越してきたんだそうだ。以来、俺たちは毎日の登下校を共にしている。小学生みたいだな、なんて笑いながら。

 最初は他愛のない会話を交わしていた。自然に笑い声が寂しい夜道に色を添える。やがて小さな沈黙が2人の間をすり抜けたとき、ふと秋津島はさっきしたキスのことを話題に持ち出した。
「あのさぁ、成巳。やっぱりキスって人に見られたくない?」
「あ、ああ…そりゃ、まあな…」
「俺は見せたいと思ってる」
 まるで正反対の思いを前に、見せ物じゃあるまいし、と続けようとした言葉を慌てて喉の奥へ戻す。それだけ今の秋津島は、真剣な表情をしていた。
「…秋津島……?」
「世界中の人に見せて、世界中の人に《成巳は俺のもんだ》って宣言したい!」
「…………」
「俺、成巳のこと、めちゃくちゃ好きだ。必死の思いで告白したとき……きっと笑って突き放されると思ってて……だからOKしてくれたとき、俺、飛び上がるくらいうれしかったんだ」
 瞳を潤ませながら、みるみる紅潮してゆく秋津島。
 そ、そうだったのかぁー……うわっ どうしよ。こいつカワイイっ かわいすぎるっっ
 瞬間、俺はほとんど無意識でその華奢な身体をを胸の中に収めていた。

「バカ。俺だってお前がめちゃくちゃ好きなんだぞ。でもな、俺はお前を誰にも見せたくない。お前とのキスを他人に見られるなんてもったいない。出来れば悪い虫がつかないよう床の間に飾っておきたい、なんて思ってるんだ!」
「…成巳…?」
「わがままだって……自己チュウだってことはわかってる! けど……」
「成巳……痛い」
「ごっ……ごめ……!」
 無我夢中で抱きしめたせいか、つい力を入れすぎたみたいだ。俺は慌てて解放した。するとその瞳から涙がこぼれ落ちている。
「ご、ごめん! そんなにきつくしたか?!」
「ううん、何か…何かさ……嬉しいんだ……」
 秋津島はしゃくりあげつつ、にこりと微笑んでみせた。その姿が愛しくて可愛くて…くそっ 落ち着け俺!
 ……さっきから心臓バクバクいいどおし……言おうかどうしようか迷っている。だけど……もうガマン限界。
「あの、さ、秋津島……き…今日……家、泊まりにこいよ……」
「……え…?」
 しばらく照れ隠しに空を仰いでみたりして。
 ああ、もお。いまの俺、耳まで赤いだろうな。どんな顔していいかわかんないや。
 思いもかけなかったのか、驚いたように首を跳ね上げたきり固まってしまった秋津島。あ……もしかして、俺、突っ走りすぎた…? と、小さな不安がざわざわしだした時、ヤツの時間がようやく動き出す。
「着替え…持ってくるから、一度家に寄ってくれる……?」
 一瞬、我が耳を疑った。視線を落とした秋津島の頬は、きれいな桜色に染まっている。
「そ…それってOK……ってコトだよな……」
 秋津島は真っ赤な顔で俯きながら、小さく頷いた。……生きててよかった……!!


 俺たちは再び歩き出した。秋津島の家は後100メートル先にある。俺はポケットに突っ込んでいた左手を出し、秋津島の手をきゅっと握った。………あったかい。
「お前の家まで、こうしてていいか?」
「………………」
 秋津島は無言で俺の手を強く握り返す。………それが答えだった。
 行き交う人もなく、辺りも静けさを保っている。誰も俺たちを見ているものはいない。……ただ空に煌々と輝く月だけが優しく俺たちを照らし続けていた。
あとがきという名の言い訳。

 初めて書いたオリジナル小説。これには元ネタがありまして
とあるチャット友だちの目撃体験談に触発されて書いたものです。
 彼女から高校生の男の子2人が駅でキスをするっていう話を聞いたとき、
そのシチュエーションがたまらなく良くて、創作意欲がわいてしまったという…
 ちなみに反対側のホームで目が合ってしまったという人は、なにを隠そうそのお方(笑)

 でも私ってばとにかくタイトルとキャラの名前を考えるのがニガテで、
別のチャット友だちに頼んで考えていただきました。

 この小説が出来上がったのは、2人のおかげです。
なつみさん、麻衣さん、ありがとう。
この場を借りましてお礼申し上げます(^ ^)
1998年11月20日脱稿
1999年10月13日改訂
2003年1月19日改訂
2005年8月26日改訂
2010年3月22日改訂
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