title

 
NEVER END LOVE・後編
 尚葵は毎週土・日になると、病院へ通うのが習慣となった。クラスメイトはとっくに退院してしまったが、今では直接聖の病室へ行くので問題はない。尚葵と出会ってから聖の表情が明るくなったと、彼の両親からもすこぶる評判が良かった。
 しかし聖は日に日に痩せ衰えていき、病棟の外に出る日や時間もめっきり減ってしまった。それでも聖は決して笑顔を絶やすことなく、尚葵が見舞いに訪れる度、学校の話や友だちの話をしてくれとねだる。
 やがて尚葵は、そんな聖に友情を越えた感情を抱くようになった。それが愛なのか、同情なのかは今の彼にはまだわからない。ただ、少しでも長く聖の側にいたいと思うのだった。




 11月が終わり、12月に入ったある日のこと。尚葵は終業式を済ませたそのままの足で、病院にやってきた。
 そしていつものように病室に入ると、聖の母親がおろおろとしている。聖の姿は……なかった。
「あれ? おばさん、聖は……」
「あ、尚葵ちゃん。聖が……聖が何処にもいなくなってしまって……」
「え?!」
「あの子、今日手術する予定だったのよ。それが嫌だって突然いいだして……そんなに遠くへ行ける身体じゃないはずなのに」

 母親の話を最後まで聞かず、尚葵はバネが弾ける勢いで病室を飛び出した。
 絶対、あそこだ-----------!! 
 聖の……2人のとっておきの場所へ。息を継ぐ間もないほど全力で走る。虫の知らせだろうか。胸がドキドキして張り裂けそうだ。


 尚葵の直感通り、彼はそこに居た。
 真冬だというのに、膝掛けとパジャマの上にカーディガンを一枚羽織っただけの姿で車椅子に座っている。所々で覗かせる腕や首筋は骨と皮だけの状態で、どうやってここまでこれたのか不思議なくらいだ。ただ、顔だけは痩せて頬骨が見えているものの、その美しさを充分に保っていた。
 尚葵はハアハアと息を切らせながら、その場にへたり込む。

「尚葵なら…ここへ来てくれると思った」
「お…お前、今日……手術………なんだろ…?」
「……………………」
「は……早く…戻ろう……おばさん、心配……してたぞ」
 呼吸があがっているせいで、言葉が途切れ途切れになってしまう。聖は悲しそうに微笑んだだけで、その言葉に従おうとしなかった。
「その手術って成功率何パーセントか知ってる?」
「………知らない」
「1パーセント未満だって。もし成功しても寝たきりで延命するだけなんだって。どっちにしたって尚葵に逢えなくなるなら…手術しても意味ないから」
「聖………」
 可能性に賭けようよ…! もう逢えないなんて決めつけるなよ…! 生きていればそのうち治療法もみつかるかもしれないから…! 叫びたい言葉は沢山ある。しかしどれも口に出来ない。聖がそれを言わせなかった。
「尚葵、お願いがあるんだ」
「何?」
「下に…降ろしてくれる?」
 尚葵はなぜかそうしなければならないような気がした。なにやってるんだ、早く病室へ連れて戻れ…! もう一人の自分が激しく騒ぎ立てる中、彼を抱き上げる。

 ----------軽い。こんなに軽いなんて。尚葵は泣きそうになるのをぐっとこらえ、芝生の上に降ろした。

「もうひとつ…お願いしたいんだけど」
「え?」
「……キスしても、いい?」
「………………」
 尚葵はしばらく無言で見つめていた。やがてそっと唇を寄せ、かさかさに乾いた聖のそれに重ねる。
 唇を合わせるだけのぎこちないキス。その直後、聖の身体が大きく揺れた。尚葵は慌てて支えたが、その顔にはもう血の色がない。
「聖! 気分悪いのか?! 待ってろ、いま誰か呼んで……」
 尚葵は急いで立ち上がろうとした。ところが聖の腕が伸び、彼の制服の裾を掴んで引き戻す。とても衰弱しきっているとは思えない力で。
「いいから、ここにいて! どこにもいかないで…!」
「でも……」
「尚葵、好きだ。ずっと好きだった」
「聖…………?」
「たとえ、尚葵が同情で僕の側に居てくれたとしても、僕はそれだけで嬉しかった」
 このとき尚葵は、初めて聖に対する自分の気持ちを理解した。胸がカッと熱くなる。
「同情じゃない! 同情って言うな!! 俺だって……俺だって聖が好きだ! これからもずっとこの気持ちは変わらない! だから……!!」
 泣いてはいけないと叫ぶ心とは裏腹に、尚葵の瞳からは次々涙が溢れ出た。聖は弱々しく震える人差し指で、伝う涙の粒に触れる。
「尚葵、泣かないで……僕の顔をもっとよく見て」

「僕、絶対生まれ変わるから……そしたらまた…尚葵の前に現れるよ…それまでこの顔を忘れないで…いい……?」
「…なんで……」
「今度生まれ変わるときは、そうだなぁ……もう少し丈夫な体に生まれたいなぁ……」
 なんで、そんなこと言うんだよ。こんな時に。本当に死んでしまうみたいじゃないか。なんで、こんな時に俺は何もできないんだよ!!
 尚葵は、ただ見守るしか出来ない自分を恨んだ。そうして懸命に考える。自分が聖にしてやれること…その時、ひとつの結論が出た。

「聖、俺、医者になる!!」
 尚葵の突然の決意表明。聖の大きな瞳は、更に大きく見開かれた。が、それはすぐ小さな微笑に変わる。
「医者って……尚葵は弁護士になるんだろう……?」
「嫌だ、医者になる! 医者になって、そんで聖の病気治す研究する!! だから、絶対死んじゃだめだ!!!」
 尚葵の涙がぽたぽたと聖の頬に落ち、伝う。聖は、あ・り・が・と・う と唇だけで形取り、静かに瞳を閉じた。

 -----------そして、その瞼が二度と開くことは、なかった。




 聖の遺体は地下の霊安室に安置された。尚葵は、改めて彼の死を認識しなければならない事実に恐怖を覚える。認めたくない、受け容れたくなんかない。でももしかしたら、起きてくれるかもしれない。そんな複雑な思いの中、勇気を振り絞り、顔にかけられた白い布を取り除いた。

 まるで眠っているように穏やかな顔。聖の母親は、わっと泣き崩れる。
「聖……」
 尚葵は抑揚のない口調で彼の名を呼んだ。今にも目を開け、いつものように尚葵に笑いかけるような気さえする。
「俺…聖の笑った顔しか想い出せないや……そりゃそうだよな。俺、お前の笑顔しか知らねぇもん…」
 死してなお、微笑を湛える聖を見据えながら、尚葵は拳を握りしめる。
「聖の怒った顔、泣いた顔、びっくりした顔……俺、知らないんだよ! お前のことまだ何にも!! これから、もっと、もっと、知りたかったのに……なんで……なんでなんだよぉ!!」
 ずっと堪えていた涙がまた……もう枯れてしまったと思っていた涙がまた、尚葵の頬を流れ落ちる。
「なんで…聖なんだよ……」
 尚葵は、生まれて初めて慟哭した。自分にこんなに涙があるのかと驚くほど、心の底から泣いた。



 地上に舞い降りた天使は、また空に還っていった。自分の手の届かない空へ……
 尚葵は、あの日聖に宣言した通り、医師を目指し勉学に励んだ。聖はもういなくなってしまったが、これ以上彼のような人を出さないために。
 聖と出会ってから3ヵ月。その僅か3ヵ月が、尚葵の人生を大きく変えた。


 それが神の悪戯か、贈り物だったのかは、尚葵にもわからない。
あとがきという名の言い訳。

自分で書いといていうのも何ですが、救いようないお話ですよね…ι

ハッピーエンドが好きなくせに、悲恋物書いてみたいな、
なんて思ってしまったのが間違いの始まり。

それに主人公の年齢設定にもちょっと無理があったなぁ。。
作中に出てくる病気は、もちろん架空のものです。
症例からすると該当している病気がありそうなんですが、
あくまで原因不明の不治の病ってことで。

 さすがにこのままではあまりにも2人が可哀想すぎるので、もう少し続けますよ。
やっぱりハッピーエンドが好きだもの。
1998年12月9日脱稿
1999年10月14日改訂
2003年2月1日改訂
2005年8月31日改訂
/ back /