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恋人はサンタクロース
 退屈な2学期の終業式が終わった後。帰り支度をしていると、ニコニコ顔の秋津島が寄ってきた。
「ねねね。成巳。明後日、何か予定ある?」
「明後日? ……えーと、今のところはないな」
「じゃ、さ。その日、俺のために空けといてよ」
「? いいけど。なんで……」
 なんで誕生日でもないのにお前のためなの? と問いかけて、俺はあっ…と小さく声をあげた。そういや明後日って……
「クリスマスだっけ」
「へへ、そういうこと。あのさ、俺、今日これからヒロシの買い物につきあわなきゃなんだ」
「ヒロシの?」
「うん。あいつ彼女出来たらしくてさ、プレゼント見立ててくれって」
 クラスメイトのヒロシは、俺と秋津島共通の友だちで…いや、むしろ“悪友”と呼ぶべきか。なにせこいつが絡むだけで丸く収まるものが、四角にも五角にもなるんだから。
 ところがなぜか秋津島だけはクラス切ってのトラブルメーカーとウマが合うらしく、時々二人して買い物に出かけたりしている。----もちろん俺の事前承諾付きなのは語るまでもないが。
 そのヒロシに彼女かぁ。どうりで最近浮かれてると思った。あいつにもとうとう遅い春がきたんだな。
「そか。んじゃ、先帰るよ。気をつけてな」
「ごめんね」
 快く送り出す俺にすっかり気をよくした秋津島は、「絶対、空けといてよぉ!」と元気よく手を振りながら教室を出ていった。



 そしてクリスマス当日。
 秋津島とは代々木公園で午後3時に落ち合う約束をしていた。家が近いのだから一緒に行けばいいものを、“たまには違うところで待ち合わせしよう”とあいつが言いだしたんだ。
 まぁ、そういうのもたまにはいいか。なんてその時は軽い気持ちで同意した。
 2人で決めた待ち合わせの時間まで、後5分。
 な の に 。



 どうして俺は渋谷にいるんだっっ




 事の次第を思い起こすこと1時間前。
 一応クリスマスプレゼントも用意しといた方がいいかなと思った俺は、少し早めに家を出て渋谷にやってきた。
 女の子へのプレゼントならまだしも、男になんて何あげりゃいいんだかわかんねぇ。うんうん悩みながら雑踏を歩いていると、前方で見たことあるようなヤツがサンタの服着てケーキを売っている。目を凝らしてよくよく見れば、サンタの正体はヒロシだった。
 こんな日に何やってんだろあいつ。彼女出来たんじゃなかったっけ?
「よぉ、ヒロシ。こんなトコでバイトか?」
 思えばこの時、下手な声掛けずに知らん顔しておけば良かったんだ。
「なっ成巳!! いいトコで逢えた!! よかったぁ」
「え…っ? 何、どうし……」
「お前これから用事あんのか? いや、ないよな。ないハズだ、うん!!」
 こっちが返事するまでもなく、強引に話を進めようとするヒロシ。な〜んか、ヤな予感。面倒なことを吹っ掛けられる前に、この場を立ち去った方がいい。俺の中の本能が必死に警告するが、ヤロウ、人の両腕がっちり掴みやがって放さない。こ、このバカ力め!!

 そしてその予感は的中した。
「頼む! このバイト、俺の代わりにやってくれ!! これからデートでさぁ」
 バ…ッ バカヤロウ!!
 冗談じゃない! 何が悲しくてこいつの代わりに働かなきゃなんないんだ!!
「俺だってデートだ! 3時に約束してんだよ!!」
 もがく俺にしがみつき、ヒロシは更に意味不明な説得を続ける。
「聞け。お前はクラスを代表するモテ男だ。1回や2回ぐらいすっぽかしたって大丈夫! 俺にはもう後がないんだ! これに賭けてんだよ!!」
 勝手な力説唱えてんじゃねぇ!! ちょっ…こら!! 店長を呼ぶなーーーっ!!


 どうあっても人の話を聞かない悪友の謀略により、無理矢理仕事を押しつけられてしまった俺。反論の余地すら与えられず、気が付けばサンタの格好をさせられている自分に呆然だ。

「んじゃなっ バイト代、ちゃんと俺の分もあげっから、後よろしく〜」
「ヒロシ! おい!!」
 あいつは最後まで何も言わせず、鉄砲玉のように去っていった。未だ事態をよく把握できていない俺の背後で店長らしきおっさんが、にこやかに言う。
「じゃあ、キミね、内藤くんのお友だち。名前はなんだったかな?」
「あ、北条成巳です…って、いえ、あの…っ!」
 あんなヤツ友だちなんかじゃ…
「そ、北条くん。早速街頭に立って、ケーキ売ってよね」

 ……………。
 マジで泣いてもいいっすか?




 こうして俺は泣く泣く渋谷でケーキを売るハメになり、現在に至るわけだが。

 ヤバイぞ、とうとう3時過ぎちまった。
 どうにか秋津島と連絡とりたいけど、あいつ携帯持ってないしなぁ。だからって自分の携帯まで家に置いてくることなかったのに。俺のバカ、マヌケ。
 ちくしょう、なんだってこんな目に……ヒロシのヤロウ、今度会ったら覚えてろよ!!

 俺の焦りも虚しく、時間だけが無情に流れる。世にも不本意なバイトは3時どころか5時が過ぎ、6時になってもまだ解放される兆しがない。
 秋津島、待ってるだろうなぁ……それとも、もう怒って帰ってしまったかも……


 結局、自由を取り戻したのは夜の9時前。
 俺はとるものもとりあえず、脱兎の如く代々木公園に向かった。秋津島との待ち合わせの場所へ─────。
 息せき切って辺りを捜しまわったが、やっぱりあいつの姿はどこにもない。判っていた結果ながらも、ガックリ肩が落ちる。
「そりゃそうだよな……6時間も待つバカ、どこにいるよ……」


「ここに居たりして」

「!?」
 不意に飛んだ声。驚いて振り向くと、とっくに帰ったと思っていた秋津島が立っている。怒ってるみたいだ……当然だけど。
「……怒っ…てる……よな…」
「とーぜん」
 秋津島は、口を“へ”の字に曲げ仁王立ちしている。
「………ごめん」
 どれだけ罵倒されても、返す言葉がない。本当は弁解したい気持ちでいっぱいだ。でもきっとどう説明しても言い訳にしかならないだろう。
「言い訳、しないんだ」
「………ごめん」
 もう一度そう言った。
 もちろんそれで許して貰えるなんて思っていない。俺は奥歯を噛みしめ目を閉じた。一発二発、殴られるくらいの覚悟は出来ている。

ところが。

「ぶふっ!!」
 突然、秋津島が噴いた。もうガマンできないといった感じで。
「ぷははははははっ!! 冗談…… ぷっくくくくく……本当は俺も、いま来たトコ」
「…は?」
 俺は状況がつかめず、きょとんとするばかり。どうしてコイツ、こんなに腹抱えて笑ってんだ? そ、それに今来たトコって……
「だって俺、今まで渋谷にいたもん」
「ええっ!!?」
「渋谷でサンタがケーキ売ってるとこずっと見てた」
「!!! な…なん…で………」
 想像もしなかっただけに、その衝撃告白は俺の頭を混乱させた。
 秋津島はフフっとおかしそうに笑う。
「実は待ち合わせの前に、ヒロシと会う約束してたんだ」
「………はぁ?!」
「だって店に来たら、内緒でケーキ格安にしてくれるって言うんだもん。なのにあいつってば駅に居るじゃん。とっつかまえて事情聞いたよ。もう、バカがつくくらいお人好しなんだから。成巳ってば」
「…………………」
 あ、あの野郎……本当は秋津島にあのバイト押しつけるつもりだったのか。いや、それよりも。

「居たんなら…声くらいかけてくれよぉ……」

 思わず脱力感いっぱいで、その場にへたりこんでしまった。秋津島も同じようにしゃがみこみ、俺の顔をのぞき込む。
「すごく忙しそうだったし、邪魔しちゃ悪いかなぁと思ってさ。終わるの待ってたんだ。そしたら成巳、終わった途端飛び出してっちゃうんだもん。追いかけるの大変だったんだから」
「だって…1秒でも早く行かないと…って」
「うん。それは見ればわかるよ」
 そう言われて、初めて俺は自分の格好に気付いた。あまりに慌てていたせいか、サンタの衣装の上にコートを羽織って飛び出してきてしまったのだ。当然服は、店の中。ちぇっ……明日また取りにいかなきゃ……

 秋津島はしげしげと俺の格好を眺めながら言う。
「サンタクロースなんて、架空の人物だと思ってたけど……今なら信じてもいいかな」
「秋津島…」
「実際、俺の目の前にサンタがいるし……ははっ どっかで聴いた歌みてぇ」
 そしてしゃがんだまま目を閉じ、甘えるように唇を寄せてきた。俺もそっと顔を近づける。温もりを感じるまで後数ミリ、というその時。
「はっ………くしょん!!」
 可愛い顔に似合わない大きなくしゃみ。弾みで互いのおでこがゴチッとぶつかり合ってしまった。目の前に大きな星が飛ぶ。
「痛ってぇ……あ、秋津島ぁ………っ」
「ご……ごめ…」
 …あぁ、そっか。そういえば、秋津島はずっと寒空の下で待っててくれたんだっけ。風邪を引いてしまったかもしれない。
「なぁ…ここ寒いし、そろそろ行こう。どっか暖かいとこでコレ食おうぜ」
 なんてことを言いながら、手持ちのケーキをちらつかせてみた。さっき店を出る際、ゲットしてきた戦利品だ。たちまち甘いもの好きの顔がぱぁっと輝く。お前のそういう分かりやすい性格が大好きだよ。

 俺たちは笑いながら、再び元来た道を引き返す。なんだか散々なクリスマスだったけど、終わりよければすべて良し……としておこう。
あとがきという名の言い訳。

東京には詳しくない地方者ゆえ、地名を指定するのがかなり大変で、
色々地図で調べたりしましたι

渋谷から代々木公園って歩いて行けるの?(^^;
電車の乗り継ぎって結構不便よねぇ…。
(実際は歩いていけるそうです)

 ちなみに判っていらっしゃるとは思いますが、
この話に出てくる人物・団体・その他はすべて架空のものですから(^^;
1998年12月15日脱稿
1999年10月15日改訂
2003年2月3日改訂
2005年9月13日改訂
2010年3月22日改訂
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