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NEVER END LOVE 2nd  #2
 あの聖樹という少年は、聖の生まれ変わりなのか……いや、あまりにも非科学的だ。信じられるはずがない。しかし………
 どんなに振り払おうとしても、頭の中は堂々巡りを繰り返す。おかげで論文は全く手につかず、気ばかりが焦る。

 当の聖樹はしばしば研究室へ訪れるようになった。もっとも初めは強引に押し掛けてきた形に近い。
 聖と同じ色素の薄いグレーがかった瞳に見つめられると、不思議と落ちつくせいだろうか。尚葵はどんなに忙しい時でも、聖樹が顔を見せると快く相手をした。
 しかし彼が帰った後は、必ずといってよいほどあの堂々巡りが頭を擡げ、尚葵を悩ませるのだった。

 ある日のこと。尚葵にしては珍しく、来訪中の聖樹を待たせてキーをタイプしていた。久々に論文の進み具合が快調で、調子の良いときに出来るだけ進めておきたかったのだ。
 聖樹は魔法のように動く彼の指を、ただ感心して眺めている。
「先生、すごいね。ピアノ弾いてるみたい」
「そりゃどーも。こんなことで褒められるとは思わなかったよ」
「僕、教えてもらっちゃおうかなぁ……」
「構わないが、今はダメだぞ」
「わかってますよぉ」
 忙しく画面に集中しながらも、話し相手をする尚葵。
 聖樹はあまり邪魔をしては不味いと思ったのかそれきり黙り込み、休みなく動く魔法の指を大人しく眺めていた。



「ふぅ……コーヒーでも飲むか? インスタントだが」
「あ、はい。いただきます」
 ようやくひと段落させた尚葵は、パソコンの電源を切って立ち上がった。戸棚から紙コップとインスタントコーヒーを取り出し、豆を適当に入れたカップの中へお湯を注ぐ。
 そして聖樹のカップにだけミルクと砂糖を混ぜ入れ、それを手渡した。
「ありがとうございます」
「待たせて悪かったな」
「いえ、僕が勝手に押し掛けてるだけですから」
 言われてみれば、確かにそうだ。彼が訪れる時はいつも突然であることを思い出し、破顔する。
「それで、今日は私に頼みがあるって?」
「は……はい」
 改まった調子で尚葵が本題に入ると、聖樹は少し赤くなって俯いた。
「あの……もうすぐ獅子座流星群が見られるのはご存知……ですよね?」
「ああ、33年に一度くるという、あれだろう?」
 テレビやニュースには疎い尚葵だが、そのくらいは知っている。同僚、後輩、看護師に患者…。彼の周囲には充分すぎるほどの情報源があった。
「僕、それを見に行ってみたいんですけど、付き添っていただけますか?」
「…どうして私に?」
 尚葵は少し意地悪な質問をしてみた。聖樹はますます赤くなって俯き、人差し指の爪でこめかみあたりをカリカリと掻いている。その反応が可愛らしい。
「あの、僕、身寄りがなくて……夜中だし、こんなこと頼める大人の人って藤沢先生しかいないし……」
 今時、夜中に保護者同伴なしで出歩いてはいけないと思っている高校生も珍しいが、どうやら本気なようだ。あまりの可愛さに尚葵は思わず吹き出してしまった。その反応に、聖樹は少しムッとする。
「そんなに笑わなくても」
「クックククク……す…すまない。わかった。それなら私の家に来るといい。バルコニーから見えるはずだから」
「ホントに?」
「ああ。なるべく暖かい格好をしておいで」
「やった!」
 言葉ひとつで、百面相よろしくムッツリ顔からたちまち笑顔に変わる様子が楽しい。きっと聖樹なら一日中見ていても飽きないに違いない。妙な自信を持つ尚葵だった。

 早速自宅の住所や道程を一通り説明した後、そういえば、と話を戻す。
「さっき身寄りがないって言ったね」
「はい、2年前に両親を事故で亡くしてからずっと。親戚も近くにいなくて」
 笑顔が絶えない少年の思いもかけない告白に、尚葵は眉を顰める。
「どうやって生活してるんだ?」
「中学卒業まで施設にいたんですけど、高校に入ってからは学校の近くで下宿させてもらってるんです。僕、奨学生だから学費はあまりかからないし、生活費はアルバイトとか、両親の保険でなんとか工面してます」
 聞けば聞くほど、気の毒な身の上だ。しかし聖樹の様子からは、そんな苦労など微塵も感じさせない。見掛けによらず相当のしっかり者らしい。彼の場合、下手な同情は無用だろう。
「そうか。若いのに随分苦労してるんだな」
「ええ。でも平気です。僕、貧乏だけど健康には自信ありますから」
 聖ほど痩せこけてはいないが、聖樹もかなり華奢な身体をしている。それで健康だというのだから世の中わからない。
「しかし苦労してまで学校へ通うということは、何か目標があるのかな?」
 聖樹は尚葵の質問に少し考え、やがていたずらっ子のする表情を見せて言った。
「うーん…藤沢先生みたいなお医者さん」
 意外といえば意外な目標。尚葵は少し目を見開いた。口調から冗談だろうとは予測できる。しかし。
「私みたいな? へぇ…てっきり図書館の司書でも目指しているのかと思ったよ」
 口にした後で、また失言したと思った。司書は聖がなりたがっていた職業じゃないか。これ以上この少年にあいつの影を追ってはいけない。
 ところが当の聖樹は、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。
「…ど、どうして、わかっちゃったんですか…?」
「………………!」
 その一言が尚葵の脳を酸欠状態に追い込んだ。どこまで偶然が続くのか。息が出来ない。目の前がぐらぐらする。…まずい、何か…何か縋り付く物…!
「先生? 気分が悪いんですか!?」
「…何でもない。大丈夫だ」
 額に脂汗まで浮いている。とても大丈夫といえる状態ではない。
 心配顔で制服のポケットからハンカチを取り出した聖樹が、額の汗を拭おうとした時だった。尚葵は差し出された腕をぐっと掴み寄せ、強引に彼の唇を奪う。
「!!?」
 驚いた聖樹は必死に押し戻そうと腕を突っ張るが、力で適うはずもない。だが、すぐに我にかえった尚葵により、その戒めは解かれた。
「す…すまん。つい……」
 尚葵の言い分を最後まで聞かずに、聖樹は研究室を飛び出していった。
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