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NEVER END LOVE 2nd  #3
 聖樹は唇を奪った日を境に、姿を見せなくなった。寂しく思う尚葵だったが、それだけのことをしてしまったのだ。自業自得と諦める他ない。
 聖樹が現れる以前の生活に戻る…ほんの少し時間が巻き戻るだけだ。何度も自分に言い聞かせるが、この虚無感はどうしようもない。聖樹の存在は予想以上に尚葵の領域を占領していた。


 そして更に空虚な時間は流れ、訪れた彼の日。
 今夜は獅子座流星群が最も地球に近づく日とされている。迫る一大イベントに、周囲はどことなく浮き足立っていた。だが今の尚葵にはどうでも良いこと。はしゃぐ後輩たちの話を適当に合わせる度、心が沈む。
 浮ついた空気を避けるように、いつもより早めに帰宅したものの、これといって何もする気が起こらない。尚葵は半ばやけ酒のような勢いでウイスキーを胃の中へ流し込んだ後、無造作にソファへと横たわった。

 彼が横になって十数分。不意のドアフォンにより室内の静寂が破られた。遠慮がちに響くその音で、うとうと仕掛けていた意識が覚醒する。
 時計を確認すると午後8時を廻っていた。どこかのセールスや勧誘にしては少し遅い。こんな時間に、誰が……?
 訝しげにモニタを確認すると、そこには来るはずがないと思っていた少年の姿があった。

 尚葵は急いでエントランスのロックを解除し、自室へと誘導する。しかし一体どんな顔をして逢えばよいのか。明確な答えを出せないまま、俯きかげんの聖樹を玄関アプローチに迎えた。
 惑う戸主を前にして、少年が口火を切る。
「あ…えと、この間は急に帰ってごめんなさい。ずっと謝ろうと思っていたんですけど、最近バイトが忙しくなったせいで全然休み貰えなくて…」
「…い、いや、悪いのは私の方だ。本当にすまなかった。……あの時、私はどうかしていたんだ」
 謝らなければならないのはこちらなのに。尚葵は少々バツが悪い思いをしながら、年若の彼に詫びる。
 まだ驚きと困惑で心がざわつくが、いつまでも玄関先に立たせておけない。それに元々約束していたのだからと、突然の来訪者を部屋へ招き入れることにした。リビングに案内された聖樹は、物珍しそうにキョロキョロと室内をみまわす。
「すごい。おっきい……」
「何もないからそう見えるだけだ。ここにはほとんど寝に帰るだけのようなものだからな」
 それは決して尚葵の謙遜ではなかった。20畳はあろうリビングに置いているのは、ソファとAVセットのみ。だだっ広いが生活感の消えた殺風景な部屋といえる。

 聖樹はバルコニーに面した窓を開け、空を眺めた。思わず驚嘆の声があがる。何しろここは山の手の新興住宅地に建つ高層マンションの最上階。その辺りの下手な山に登るよりもよほど眺めが良い。おまけに今夜は雲が少なく、観測には最適の状況だ。
「星がきれい。これなら絶対見られるね」
 どう対応しようか迷っていた尚葵も、聖樹の楽しそうな表情にやっと気持ちが綻ぶ。不思議なことに、彼が笑えばそれだけで嬉しくなった。
「ところで飯はどうした?」
「あ、バイト終わってそのまま来たから…」
 その直後、彼のお腹の虫がタイミング良く後押しする。真っ赤になって腹部を押さえる様が更なる笑いを誘うが、また機嫌を損ねられても困る。尚葵はかろうじて堪え、救済の手を差し伸べた。
「実は私もまだなんだ。一緒に食べるか?」
「はい!」
 2人は即席で作ったパスタとサラダをあっと言う間にたいらげた。食欲が満たされてしまえば、後の関心事は今宵のメインイベントだ。
 一番のピークは深夜3時頃といわれており、まだかなりの間がある。そこで食後の会話もそこそこに、一旦仮眠をとることにした。尚葵は自分のベッドに聖樹を寝かせ、自身は居間のソファで横になる。

 暗がりの中で尚葵はひとり、なかなか寝付けずにいた。
 何度も寝返りを打ちながら、ふと直前に交わした聖樹との会話を思い出す。
 
“先生は、流れ星にどんな願い事をする?”

 星に願いなんて考えたこともなかった。神頼みをする歳でもないし。…そう答えたら、ちょっとがっかりした顔していたな、あいつ。きっと夢のない人間と思われたに違いないと、尚葵は自戒を込めた苦笑をする。
 もし、本当に叶えてくれるのなら…例えば、自分は…自分なら………
 結局答えが出ないまま、深い闇の世界に包まれていった。
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